読書感想文なんて宿題やめませんか?課題図書は絵本レベルでいい。


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夏休みの宿題の定番といえば、やっぱり読書感想文ですね。僕は、昔から大っ嫌いでした。読書感想文なんて正直まともに書いた記憶がありません。

いまでは、こんなに文章を書いてますけどね。原稿用紙2枚とか、3000字とかで嫌がっていた自分が信じられません。

人は変わるものです。

でも、僕は読書感想文なんて宿題はやめたほうがいいと思っています。自分が文章を書く立場になって、読書感想文という宿題では読む力や書く力を養えないと感じているからです。

例えば、まえがきとあとがき、あらすじだけ読んで書き上げた読書感想文になんの意味がありますかね?

自分で書くのならまだしも、宿題代行サービスを使って仕上げた読書感想文なんて無意味です。

課題図書は絵本でいい

僕は、課題図書なんて絵本の『桃太郎』とか『ウサギとカメ』くらいのレベルで問題ないと思うんですよ。

このレベルなら誰でも一日で読み切ることができるし、内容も完璧に理解できますからね。

そのほうが感想に多様性が生まれると思うんですよ。内容が短いからこそ、独自の視点がないと感想をふくらませることができません。

例えば、桃太郎の場合、なぜ桃太郎は桃と一緒に真っ二つにならなかったのか、ということを疑問に思うかもしれませんし、桃が流れてきたのは上流なのか、下流なのか、というところに引っかかる人もいるかもしれません。

はたまた、きびだんごくらいで鬼退治についていくイヌとサルとキジは愚かだという感想を持つ人もいるでしょう。

ウサギとカメの場合は、わざわざウサギの土俵で勝負するカメは頭が悪いとか、そういう別の視点から物事を考える力が大事なんですけどね。

そもそも夏と読書は関係ない

僕はこのほうが面白いと思うんですよ。わざわざ感想文を書くのに200ページの本を読ませる必要はないと思いますね。

短い本でも深く読む能力はちゃんと身につきますし、それぞれのモノの見方を文章に盛り込むことができます。

これが養うべき本来の読む力であり、書く力だと僕は思うんですけどね。

いまの読書感想文という宿題は、子どもにズルを覚えさせたり、嘘をつかせたりと本末転倒な気がします。

そもそも夏休みと読書って関係ですよね?読書は継続的にするものなわけで。

僕は学生時代に「夏休みは長いんだから本の一冊くらい読めるでしょ!」と先生に言われたことがあります。

これは納得できないんですよ。一日20ページ読めば十日で一冊読み終わるとか、一日10ページでも二十日で読み終わるとか、言われたんですけどセンスないです。

だって、二十日後に最初に読んだ10ページの内容を覚えてられますか?僕は無理ですよ。多読は別に問題ないんですけどね。そういう読み方はできません。

というより、本当に面白い本ならどんどん読み進められると思うんですよね。世界観にのめり込んでいく感じといいますか。

終わりに

読書感想文を宿題として出すなら本当におもしろい本を一緒に紹介してあげてください。そうでなければ、絵本で十分ですよ。

僕は中高生に東野圭吾さんの『どちらかが彼女を殺した』をおすすめします。これは、細かい描写までちゃんと読まないと本当に最後まで犯人がわかりませんからね。

ただ読むのではなく、読み解く力がつくと思いますよ。

こんなことを書きましたけど、僕は読書が大好きです。ここ数年は年間で200冊以上読んでいます。

だからこそ、読書感想文で読書に対する変な抵抗を覚えてほしくないんですよね。これが読書感想文を否定する理由でもあります。

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